素天堂のウィーン旅行 2003 その3

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昨晩早く寝てしまったのでまた早起き。これが時差の影響なのか?
一冊だけ持っていった「天使の手のなかで」がやっと読める。もっと時間をもてあますのではないかと思って、持ってきた大冊。
本当なのかどうか、P氏がボロッ買いの青天井派であったと書かれている。
だって愛人が「アポロンの地獄」のあのヘラヘラ少年だもんなぁ。妙にリアルで納得してしまう。

食事前に地図とガイドを広げ今日のスケジュールを組む。
さすがに、3日続けてのKHM通いは敬遠。
ボスの「最後の審判」があるという造形アカデミーのギャラリーをとりあえずの目標にする。
すっかりなれた朝食を早々にホテルをでる。居続けっていいなあ。

市電をオペラ座までいって少し外側をアカデミーの方へ歩く。
街全体が博物館のように静かだと思っていたのだがけっこう工事が多い。その一角も大工事の最中。ホテルの建て替えらしい。
造形アカデミーの前までいったものの開場は10時。時間つぶしにリンクの外側に向けて歩き出す。
裏へ回って大通りを渡ろうとすると金色のドームが目に入る。ゼツェッションの建物だった。



更に大通りを越えると妙に雰囲気のあるオフィスビル。
ウィーンというところはと感心するよりうんざりしつつ、その裏に回ると小さな公園と技術大学の分 館がある。
ふらふら歩いていると、学生らしい若い男女が自転車で追い抜いていく。
落書きだらけの売店らしい小屋の窓に何故か、ウィーンの舞姫「ファニー・エルスラー」のバレー公演のポスターが実にぞんざいに貼ってある。



更に行くとまたもやモスクのようなドーム状の屋根の曰くありげな建物が、カールス・キルヒェ。



もう触りもしないで公園を抜けるとウィーン市歴史博物館が9時から開いている。
その上金曜日は無料。
フリーだと思ってずかずか入っていったら留められる。
無料とはいえ入館証は必要だし、リュックをク ロークに預けろという。

身軽になって展示場へ。
名前の通りウィーン市の前史時代からの発掘物から中世、近代へと続く膨大な展示物。文字通り玉石混交の中に、改修した古い寺院の画像や彫像が所狭しと並んでいる。
そのフロアをゆっくりと西洋文明の強烈な匂いを浴びながら展示物の間を逍遙する。
田舎の石工の彫り上げたやさしい表情のマリア像など堪能しながら徐々に近世へ。

上の階は、数度にわたるトルコとの戦いに代表される、ウィーンと外の世界との厳しい交流が展示される。
ウィーン会議の資料もたくさんあったが、メッテルニヒの彫像があんまりにも「会議は踊る」の コンラート・ファイトに似てるんで一人内心で笑ったり。
ウィーンの街の模型や図面も数多く展示されてその転変と、街へのこだわりがよく分かる。
その上の近代のコーナーで意外なものに出会った。
オットー・ワグナーの実現しなかった幻の作品「建築アカデミー正面案」の縮尺模型。
前日言及した宝石箱にお目にかかれたのだ。



大きな19世紀ウィーンの立体模型があるそのあたりに、社会見学の小学生がワヤワヤとたむろしているのだが、館員さんの説明なんか聞いちゃいないのも日本の連中とおんなじ。
その角を曲がると近代ウィーンの画家たちの展示なのだが、なにをかいわんや、クリムトの2点は日本に長期出張 中だそうだ。まぁ、こっちが勝手に、無断でウィーンまで来たわけだからクリムトに文句も言えな いけどね。

1階に下りて特別展示を見る。
19世紀の田舎の風俗画なのだが、そこで妙な出会いが。ピーター・フェンディ。
ここでは地味な風俗画家なのだが実は大分前から名前は知っていた。陽気なポルノグラフィーの画家として。
勿論ヌードも何もない街や田舎の風景なのだから、そんなのとは関係ないが登場する人物の感じがやっぱり雰囲気が似ていたなぁ。
一体おれの知識って……(苦笑)。

入る時から気になっていたミュージアムショップ。
いつもの通り額絵やはがきにお気に入りがない。
しかし相当積極的に企画展をやっているらしく図録のバックナンバーが大変充実していた。
買いだしてしまえばきりがないので、選びに選んで2冊。
前世紀(20世紀だよ)初期の、当時のモダンダンス と縁が深かった写真家 RUDORF KOPPITZ の7年も前にやった回顧展。彼は当時のユーゲント の画家Fidusと交流があったらしくその影響下の写真作品もある。
それから、フロイトの「夢判断」発表100周年展示「Traume(夢) 1900-2000 芸術、科学とその無意識(かなぁ)」の図録。
夢と無意識に関する網羅的な展覧会だったようで、実物が見たかった。特に映画作品なんてどういう扱いだ ったのだろうか。

次の目標へ、道順を変えてまた別の横断歩道を渡ろうとする。
信号が青だったのでバスの専用レーンを渡ろうとしたら、近づいたバスからクラクション鳴らされた。バスレーンは横断信号に連動して ないらしいことを、身をもって学習。

信号渡りきったそこにも由緒ありげな建物。
NHK教育やBSで自分にはおなじみのニューイヤー・コンサートの本山、ウィーンフィル、楽友会館だそうだ。
そこはベーゼンドルファー・シュトラッセ。隣のビルがそのお店なのか。
スタインウェイは子供たちだったが、ベーゼンドルファーは兄弟らしい。



角のトルコ風スナックで道が間違ってないのを確認。
造形アカデミー美術館へ。
前の小さな公園に建つ大仰な銅像が後ろを向いているがそれはシラー。
入って直ぐに管理人がいるけど、道順を教えてくれるだけ。
3階に上がって美術館入口に行くといかにも学生の回り持ちアルバイトと言った風情のチケット係が。
チケットはボス「最後の審判」の部分。けっこう可愛い。


↑この部分がチケットになってる

入って最初が中世・初期ルネサンスの作品群、と言うよりもう完全にボスの部屋。
中央部に「最後の審判」とそれを拡大して検索できるモニターが。
隣はラファエロ工房作聖母子とかバロックまで色々あるけど、廃墟の画家ユベール・ロベールに出逢ってちょっとビックリ。
そういえばKHMでも小さな部屋でカナレットに逢ったっけ。
更に特別展は、ベスビオス火山を例に、絵画における火の表現らしきものの変転をたどっているみたい。それも結構面白かった。

展示物に関しては、昨日とおんなじ。名前だけ挙げても仕方がないし。
それにしても、フランドルの静物画のコレクションだってたいしたもんだった。ゆっくりと近くで見られるうれしさはとても国内では 味わえないよなぁ。
ここでも長居したあげく、ボーっとして退館する。
落ち着こうと思って前のフリードリッヒ・シラー公園の裏にいったら、いかにもユーゲント・スタイルのレーナウの胸像が鎮座している。
もうちょっとは息抜きがしたい気分だった。



リンクの方に歩いて行くと角にアイスクリームの表示のあるカフェが。
店内で食べるつもりはなかったのだが、ディッパーで5、6杯はあるてんこ盛りのヴァニラアイス(おばさんが1つすくうたびにヴァニ ラで良いか確認する)を、歩きながら食べるのはいやになって、空きのあった店内へ。
アイスの他にコーヒーを頼んで何とか席に座ってくつろぐ。

カフェを出てリンクを渡り、またもやオペラ座の脇を通ってアルベルティナ広場へ、もう周りの建物な んて見やしない。けれど、道の向こうにカフェ・モーツァルトが見えてしまった。
そうか、あれがそうなのか。
確かに道のあちこちに、開ければ地下下水道に入れるような広告塔は一杯あったよなぁ。
よりによって開催中の「ウィーン幻想派」展覧会の告知ポスターが貼ってあるけど、どこの街でやってい るのやら。

広場の真ん中のキヨスクに行くと前にウィーンのお巡りさんが3人お昼を注文している。
ホットドッグを注文する警官の腰にはほとんど裸で拳銃が。
やっと自分の番になってお金を出して向こうのくれるるものをうけとって(炭酸水だった)渇いていたのどを一挙に潤す。

その前がアルベルティナ美術館
白い新しい建築。まだ建築中とかで一部開館らしい。
デューラーを初めとする古版画が見たかったのだが、残念ながらまだ公開していない。
唯一「ムンク展」が開かれているが、話題の中心らしくとっても混んでいる。
中学生の研究材料にもなっているようで、ワイワイ騒ぎながら歩き回っているし、ただ展覧会としては、オスロ美術館が初め て海外公開を認めた作品が多く、画題別のヴァリエーションの展示が豊富で、嫌いでない自分として は得した気分だった。
ミュージアムショップを覗いたが思わしい買い物もなく表へ。

珍しく繁華街を歩く、と言っても店の形態も規模も例えば銀座あたりとは比べものにならないくらい地味。
でも、歩いている分には親密度はずっとこっちの方が高いかもしれない。



フラフラ歩いているうちにウィーンのへそ、聖シュテファン寺院の前へ。
催し物が前の広場で開催されていてその音が、あんまり音のしない街で妙に耳障り。

たくさんの団体さんと一緒に流れるように教会の中へ。薄暗いせいかもしれないが教会の高さ、広さを実感できない。
明かり採りのステンド・グラスも後陣の一部に使われているだけ。多分自分の物足りなさはその明るさのせいかもしれない。
正面側の上にパイプオルガン、低音部は身廊中心部の柱にまで達していた。
時間をかけてゆっくり見れば感想はまた違ってくるかもしれないのだが。
そのうちに「白き日旅立てば不死」でも読み返してみよう。

聖シュテファンをでて、あたりをまた歩き始める。
ガイドにあった美術書専門店があったが、やっぱり探しているものはない。東京の洋書屋さんのグレードの高さを実感する。
時計博物館が近所だったと思いその辺の路地を探す。らしきところがあったけれど、思っていたのとは違いそうなのでパス。
腕時計には興味ない。
さらに昼間っから酔っぱらいが盛り上がっているビアケラーがあったが、気が重くてここもパス。
途中でウィーン市消防本部の前へでると、歴代の消防車の展示が。これはラッキー。

  

しかも、見慣れつつあるフライユンクの広場に近いので少しリラックス。
昼はクンストフォルムの前あたりで今日も、アッカーのサンドイッチと水。

初日に偶然見つけた大きな古本屋に入って見る。雰囲気は神保町の「一誠堂」か。
店員は声をかけてくれるのだが、何をいって良いのか分からず口の前で手を横に振る。
とりあえずやりたいようにさせてくれるので、テーブルの上にあったクズ版画の束を物色する。 出る出る、廃墟図、庭園図など4枚。
時間と余裕(精神的な)があれば額装のものも見たかったが。きっと絵入り本なんかは奥にあったんだろうな。階下のウィンドウにも畑違いだったがおもしろそうな本がなん冊かあったんだから。

リンクの方へ少しずつ上がっていくと路上でバーゲンをやってる大きめの新刊本屋があった。
美術関係の本は多くないし、と思っていたら向かい側の路上でも同じようなことをやってるので、信号を渡 っていってみる。
ほとんどが面白くない本だったのだが(なんでウィーンくんだりでまできてペンギン叢書の売れ残りを買うか)、放出品らしいフォン・グローデンのポスター画集がごっそりと。
1冊買おうとしたら指を一本だすので10ユーロかと思ったらなんと1ユーロ。日本だったら2000円だぞ。
後から考えると恥も外聞もなく何冊か買ってしまえばよかったのだが、題材がねぇ。と言うわけで某さん 向けのお土産ということに。

気の緩みか、リンクに出てから方向を間違えて市庁舎の方へ歩き出す。
ウィーン大学の階段(後で調べたら有名な階段らしい)と大きな公園とを通りすぎたところ(小10分歩いたろうか)国会議事堂 まで来て、ラートハウス(市庁舎)の塔に気が付いた。
途中のベンチでくつろぐおばあさんを横目にショッテンリンクの停車場まで戻って、やっと方向を思い出す。
ホテル帰着4時の予定が5時を回っていた。
勿論今日もあのスーパーで缶ビール×3本とスライスハムのパック購入。

チャンネル・ザッピングの最中にグレゴリー・ペックの「バラの肌着」をやっている局があった。
ローレン・バコールとのしゃれたシチュエーション・コメディーだが、なんで今頃と思ったら彼が亡くなって いたらしい。
それにしても良い映画を選ぶなぁ。


その4(6/14-15)

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