青い影 A WHITER SHADE OF PALE―内田善美の絵について―



 毎度、素天堂のオールディーズ狂いのタイトルであります。
 ロック史上に残るプロコル・ハルムの名曲「青い影」と内田さんの絵と何が関係あるのかと言えば、その心は?なのです。
 強いて言えば、最近の内田さんのテーマと、その曲の雰囲気が、素天堂にとっては、共通して見えるとでも云うしかないけれど、まぁこじつけですな。

 あなたは「ソムニウム夜間飛行記」をご存じだろうか?
 1200円と、少し高めだけれど発表当時、某大書店のコミック売り上げの第4位を占めておりました。
 作品自体は朝日新聞の掲載で見ていたけれど、絵本としての造本と(あのギンギラには一瞬ひるんだが)、添えられた10編の詩の質の高さに驚いた(というよりこれは本来詩画集と呼ぶべきものだろう)。

 特に「郵便配達夫」…… いったい今まで、これだけ軽やかにメカニカルに、マリアの処女懐胎を詠った人があったろうか。

  ゲイブリエルはテレポートができなかったので
  仕事は自転車を使わなければならなかった

 如何でしょう、語り口のやわらかさは、まこと絶品であります。
 何気なく語られる奇妙な話は、そのさりげなさのために、物語の持つ違和感を一瞬、読者に忘れさせてしまう。
 作者も云うとおりいつもの話なのです。
 ところが、添えられたイラストレーションの力で、結局彼女のいつもの世界に引き込まれてしまった読者は、その語り口そのものがじつは、全くのくわせものだったことに気づかされるのだ。
 そうなってしまえば、もう、あなたはウチダー・ランドの虜である。



 表紙は銀地に青の透明インクと、ピンクと白のオペーク(不透明)インクの併用で印刷され、墨で描かれたイラストレーションは白のオペークインクに厳密に重ねられている。
 本文は、白地にエッチング風に描かれた細密なペン描と、同じ絵が拡大され、反転されて詩の背景になっている地色刷り、二枚の絶妙な色遣いのフルカラーと、二点の図版別刷り貼り込みと、製本技法のすべてを駆使したこの詩画集は、そんな効果をもたらすように構成されているのです。

 もちろん当時、最終的にハードカヴァー三冊に及ぶ長編「星の時計のLiddell」を連載中であり、それ以降も、変貌を重ねて我々の期待を大きく裏切ってくれるものと思っていた。
 今思えば、美しい幽霊の話「……Liddell」こそ、彼女の物語るべきテーマの集大成であったのだ。
 それに対して内田善美がまんが家としてデビューして8年、この「ソムニウム」は彼女の作品群の、描くべき絵としての集大成のように思われる。

 それにしても「ソムニウム」の作品群は、すでにまんがとしての範囲を超えていた。
 同じ朝日新聞で企画され、前後に掲載された他の漫画家諸氏の作品が、それぞれの作品の齣を切り取っただけのものに過ぎなかったのを考えると、その特異性が浮かび上がってくると思う。
 内田さん自身が初期(とはいえたった4年前である)の画文集「聖パンプキンの呪文」で
  “わたしも、わたしなりの、挿絵……絵物語を、いつか描いて見たいな。”
と語っている通り、現在のまんがという、表現形式に満足できていなかったのではないか。

  


 それまで、寡作とはいえ年に三作は発表していた彼女が78年初めの「時への航海誌」以降、さらに作品数が減ってきました。
 77年には、8ページ二色の絵物語風「銀色王子とりんご姫」も入れて5作、他に「ペーパームーン」等にカラーイラストも描いていましたから、作家としては、大変な仕事量であったろうと思われます。
 しかも「銀河その星狩り」から「時への航海誌」まで佳作、傑作がずらりと並んでいた。
 多分その頃が少女まんが家としてスタートした内田善美の最初の頂点だったのでしょう。
 テーマ的にも、絵画的にもある意味では完成されていたと素天堂は思います。
 いい例が「聖パンプキンの呪文」であって、作家本人はいざ知らず、いわゆる、挿絵黄金時代の作家のテクニックを自分のものとして消化した、当時としては十分に見応えのある作品集として成立していたのではないでしょうか。

 parrish the sugar_plum tree


 ここでまた、一般論に戻りますが普通の少女漫画家がイラストを描くときなど、もっぱら、オリジナル作品の縮小再生産を、何の罪の意識もなく発表することが多いものです。
 とくに名前を挙げる必要もないくらいそれは数多く行われているのですが、オリジナルを知らない読者は、それでも、充分喜んでいるのです。
 そこに何らかの目的意識を持って模写し、テクニックを自分の技術に近づけようとするものとの差が出てこなければならないのですが、敵もさるもの、なかなか、それなりの作品をでっち上げるのですな。
 となると、見極めるためには、その作家の次の作品を待つしかない。
 その作品に、栄養としてオリジナルが溶けこんでいればよし、そうでなければ、その場しのぎの猿まねに過ぎなかったと見るしかないでしょう。




 いわば第一回の頂点に、内田さんは、イラストとまんが作品に別々な形で到達したのだと思います。
 まんが作品におけるテーマと絵柄、それとイラストレーションの絵柄の統一というのは、口でいう程生やさしいものではなかったはずで す。
 ペンと筆、インクと水彩絵の具のマチエールの差。鉛筆やコンテによる微妙な濃淡など。
 そして、一枚絵に通ずるイラストレーションと、コマ割を重くみるまんが作品とでは、水と油ほども違わなければなりません。
 それを統一したタッチとトーンにまとめるには、実は、大変なエネルギーを必要としたでしょう。

 まんがというメディアの性質上、本人の嗜好の有無にかかわらず大部分の作品が初出時には、大部数の活版印刷での雑誌発表であって、原稿の再現に非常な制約があったことを忘れてはならないと思います。
 多分、内田さんに限らず大部分の漫画家さんがその制約に苦しんでいるのは確かなのです。
 「聖パンプキンの呪文」と同時期の内田さんのまんが作品をご覧なさい。
 そういう意味でイラスト作品との落差、感じませんか?

  


 その過渡的な作品群が「白雪姫幻想」であり、あの「ゲイルズバーグ・シリーズ」だったのだと思います。
 とくに「ゲイルズバーグ・シリーズ」は四作が三年に渡って書かれていることもあって、ペンタッチの変化がとてもよくわかります。
 また「ゲイルズバーグ・シリーズ」の最終話「五月に住む月星」では、とくに、ペンタッチや絵柄の変動期におきる、マニエリスティックなパターンが随所に発見出来ます。
 人物の顔が以前のキャラクターにくらべて面長になり、ポーズが曲線的でS字形に近い形状になるのです。
 同書に掲載されている第一期の絶頂とも言うべき「草冠を編む半獣神」と較べるとよくわかるでしょう。


  


 その逡巡が吹っ切れたときに現れた作品が「草迷宮・草空間」であり「星の時計のLIDDELL」だったのです。
 豪華な振り袖の市松人形という、究極の表現をまんがで出来ると実証し、「夜」、「夢」という形而上の世界をまんがの世界で内田 さんは描き切りました。
 そうして、緻密な外部描写が登場人物の内面を象徴し、異邦人としての「幽霊になった男」と夢の中の少女との交流を描いた「星の時計のLIDDELL」は、もうすでにその当時のまんが表現を乗り越えてしまっていました。
 結果的に最後の作品(雑誌発表は「草空間」が最後だが)になった「星の時計のLiddell」は、ある意味当時(イヤ今に至るまで)のまんが表現の、最高の作品といってもいいかもしれない。
 二〇年たった今でも、同じ方向へ向かう作家は登場しません。
 内田さんは、表現としてまったく独自の世界を構築してその作品世界を閉じました。

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 強いて言えば、そのころ再評価されはじめた一九世紀末の「ベルギー象徴派」の一連のポリシーをその作品の中で先取りしています。



 装飾画としての一九世紀末絵画は、文中にも言った通り少女まんが家のカラー作品のイメージの重要な元ネタとなっていました。
 しかし、象徴派まですすみ、その精神世界を表現しきったのは、内田さん一人であったと思うのです。

 今でも再登場を願う声は少なくありません。
 勿論、素天堂自身、内田さんの新作が登場するなら大喜びで迎えるでしょうが、しかし「星の時計のLIDDELL」を描いてしまった作家に、あとなにを描けというのでしょうか。

 これまでの文章の大部分は「星の時計のLIDDELL」連載中に、当時の同人誌 「ルナ・ジュモン」に発表のつもりで書き始めたものでした。
 その最中に同誌はなし崩し的に休刊し、この原稿も当時書きかけたまま筐底に眠っていたものです。
 今の素天堂にはこの続きを書き上げる気力も能力も残っていません。
 ほんの一部を修正したくらいで発表するのは心苦しいのですが、やり残した宿題を終わらせた気分です。

 ただ、彼女のもう一つの重要なモチーフであったゲイルズバーグ・シリーズの源泉「アメリカン・ノスタルジー」の世界はもう少し読んでみたかったかもしれません。




 思い出話をします。
 その日はファンクラブのハロウィン・パーティーに出席するための時間よりちょっと早く家を出ました。
 いつものように古本屋漁りをするつもりだったからです。
 横浜から世田谷へ向かうそのルートの途中にあった小さな古本屋の店頭に、待っていたようにその本はありました。



 ちょっと前のベストセラーを投げ売りする棚にあったのは学研から出ていた「はるかなるわがラスカル」という小さな本でした。
 そのころにはテレビアニメでも放映されていましたが、本自体はさらに前、1964年の発行でした。
 スターリング・ノースというのがその本の著者でした。
 元版以外にも他の出版社でも何度か再刊されているのでご存じの方も多いと思います。
 偶然手にしたその本で、丁度「かすみ草にゆれる汽車」の読み終わったばかりのあとがきコミックにあった“秘密の信号”に出会えたのでした。
 まず図版をご覧ください。

 同書扉

 これがその本の扉ページです。
 きっとこれが、内田クンの“秘密の信号”だったのだと思います。
 もし「かすみ草……」の単行本をお持ちだったらそのあとがきページを見てください。
 これを始めとして木版画風の挿し絵がたくさん入った、この優しい作品は20世紀初頭のアメリカにあった田舎の物語。
 年に一度のお祭りの日。
 町の女の子がパレードでバトンを振り、移動遊園地の観覧車を大人も子供も楽しむ、そんな暖かい中西部の光景が本当に素敵な回想録でした。


 同書見返し

 そこでは「ジョセフィンいらっしゃい、わたしの空飛ぶ機械へ」の曲がバックグラウンドで流れ、自動車と馬の競走が行われる古い時代と新しい時代が微妙に交錯する奇妙な時代の証言でもありました。
 とはいえ、そこは明るいだけの天国ではありません。
 作者スターリング少年の兄は苛烈なヨーロッパ西部戦線で第一次世界大戦に従軍していました。
 その随所に顔を出す時代の影を裏打ちに、一頭のアライグマとの出会いから別れまでのやさしい1年間の記録です。
 適宜、各所に挿入された図版が当時の田舎町の生活や、動植物を解説してくれています。
 今でもNHK衛星放送で再放映され、たくさんのファンサイトで取り上げられる作品をことさらすごいすごいと言上げするつもりはありませんが、当時既にアニメ作品から遠ざかっていたわたしにはちょっと驚きの発見だったのです。


  


     もちろん、かすかに浮かび上がる言葉の端から作品の内部をどこまでもたどれるはずはありません。  ただ、「かすみ草にゆれる汽車」で登場するハワード・ パイルの「不思議な時計 Wonder Clock」などは、日本語訳も出ていなかった はずなので、そのあたりに関する造詣も結構深かったかな、と思ったりもするのです。
 アメリカ19世紀での田舎の景色を描いていたウィンスロー・ホーマーなども、彼女の霊感の許になっていたかもしれません。

 探偵役のジェイムズ・サーバーはじめ、勿論「Liddelle」も、内田さんの登場人物の名前はお好きな作家や、キャラクターへのオマージュになっている場合が多いです。
 お調べになるのも一興かと。




「不思議な時計」に関しては現在以下のサイトで読むことができます。

  画像中心  テキスト中心


 内田さん自身のあとがきでの「はるかなるわがラスカル」の紹介文、「神様に感謝したくなるような12ヶ月」は、そのまま、「ゲイルズバーグ・シリーズ」の諸作に捧げたいと思います。

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